神楽坂建築塾・塾生ブログ

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修了制作発表会を聴いて

渡邉義孝です。昨日の発表会は、皆様おつかれさまでした。とても中身の濃い、刺激的な発表を聴かせていただきました。以下、簡単な感想をまとめました。関係者の方にご一読いただければ幸いです。

発表会の様子


●浅葉まゆ美さんの【公園の中の小さな家 町に愛着をもたらすひとつの提案】は、自身が住む川越のK住宅団地が対象。10年前に転居した時に地域になじみにくかった経験がベースにある。高齢化も進み、子どもも減り、歩行者より車が優先する道路。なんとかしたいという危機感。そこから「人気(ひとけ)のなくなった公園に家を建ててしまおう」というアイデアを紡ぎだした。ここでは数百人のお年寄りが孤食をしているという。その一方で「何かしたい」という意欲を持つリタイア組もいる。その両者を、最低限の水回りとサロンのような居間で結びつけたい、と語る。管理権や法制度などクリアすべきハードルは多いだろうが、現代のコミュニティに一石を投じる内容だった。

まちなみへの危機感は●泉澤 淳さんも持っている。【家を建て替える事と、町並みの事】というリポートで、浦安のまちなみを取り上げた。生け垣、レンガ・屋根・庭、大きくなった植樹など統一感あったまちなみが、二十余年たち、世代交代による建て替えで崩れつつある。突然現れた「異物」たち。コンクリート打ち放し、南欧風、カントリー風など、脈絡なき家が次々と建つ。こわれてゆくまちをなんとかしたい、という気持ちは塾生の多くが共感したはずだ。

「なんとかしたい」と気持ちは●北野裕子さんも同じ。【古い家】と題した報告で、築100年の泉州の家を紹介。無人になって20年たつ空き家、それを生き返らせる方法を模索しているという。神楽坂建築塾にはノウハウを持つ仲間が多い。企画や施工、活用の豊作が、今後かたちになることを期待したい。

【イルミネーション】と題した●今田美穂子さんの発表も、生まれ育った地、高層団地の中の公園がテーマ。鮭が回帰するように戻った、というその地で、ある冬の夜、イルミネーションが灯っているのを見て心温まった体験を披露。建築や道路、広場などのハードは完成していても、そこに住む人びとのソフト面の成長がないとコミュニティの健全な発達はない、と写真を使って報告した。

「建築に無縁な私が神楽坂建築塾が学んだことは何だったのか」という切り口で始まった●園部紫津さんの【住まい・街への愛着の作り方】は、さまざまな場面で持つべき問題意識を、「愛着の自己分析」という手法でアプローチしたものだ。富山県出身、山を見て育った彼女は、埼玉を経て文京区小石川に落ち着いた。何に愛着もつかを考えると、「自然を感じる場所」「人が挨拶し合える場所」「人が暮らしていた気配が蓄積した場所」という条件だったという。それは結局、過去に自分が過ごした場所への懐かしさ、それに似た場所を探していくプロセスだったと気づく。それこそが「愛着」の源泉ではないか、とのまとめに皆がうなずく。

1年間、鳥取から通学した●なかのさちこさんは、【倉吉のまちなみ】として水彩画スケッチ集を提出。暮らしている倉吉は、山陰の小京都というべき、水路と白壁の美しいまち。石州瓦の風景、白壁の保存地区、明倫小学校(この三月で取り壊し予定)、雁行した四軒長屋、かつての置屋の防火壁のうだつ、川の上にせり出して建ててしまった民家などを描き歩く中から、近世・中世の地割りにも思いを馳せる。

さて、家とまちなみの境界線は何だろう。「塀」である。
そこに注目した●石塚禎幸さんの【自宅の近所の家と街の境界を調査する】は、自宅とその周辺から「住み続ける」ためのヒントを「塀」に見いだしスケッチしてみた。調査地では、塀はほとんどが大谷石でありながら、積み方も異なり時間がかもしだす味わいがある。一方、自宅はオープン外構にしたが、プライバシーとの両立が悩み。「過去の記憶の継承」「素材」「住み手の生活感の滲み出し」を考えて中間領域を作り出したい、と訴える。

そんな中でユニークだったのが●北野耕兵さんの【上総君津の国 里地里山暮らし日記】。海で入手した流木やブイ、モニュメントなどを飾り、道行く人を楽しませる暮らし。彫刻物を法(のり)面に展示、「名物」となって声かけてくる。これがきっかけで、旅人だけでなく地域の高齢者ともコミュニケートできるという。奇抜なアイデアだが、何よりもご自身がこの適度な田舎暮らしをエンジョイしているという悦びが伝わってきた。

「美しくない」と思っていた東京の風景が、ある日「魅力的だ!」と感じてしまう。そんなドラスティックな感動を報告したのが●中谷 泉さんの【東京再考】。
フラメンコを踊る彼女は、毎年身体感覚をベースにした独自の視点で論文をまとめているが、今年のテーマは今住んでいる東京と神楽坂。
「美しくない」と思っていた東京のまち、でも神楽坂建築塾に通い坂道の神楽坂に転居し自転車で走るようになると、違ったという。電車での移動では駅の単位でまちを認識していた。だから浮ついた嫌な面しか見えなかった。でも自転車で無目的で走ると、連続する坂道、それに連れて変化する視界、さまざまなトーンをもったまちの風貌が見えてくる、東京って面白い、と気づいた。身体が吸収体となってはじめて気づいた都市の魅力。これもまた重要な「気づき」の契機である。

自分の足で歩いてまとめた「手考足思」のリポートとしては、●富岡隼翁さんの【街歩きから観えてくること 御成街道からみる王子・十条・赤羽】も力作。御成街道とは日光まで続いた、江戸時代の参拝路。たんねんにスケッチしながら歩いた。中世の熊野信仰をルーツとする王子神社と飛鳥山など、積層したゲニウス・ロキ(場所の地霊)が顔をのぞかせる、アースダイバー的リポート。

視点を変えることで処方箋を探す人もいる。
●松井孝勇さんの【猫の住み処のある空間】は、私鉄沿線の再開発の現場への疑問から、快適な空間をネコの視点で探るという意欲作。事前に配布用資料を用意する姿勢、また正直に「現時点ではここまで、ここからは今後の私の課題」と言いきる態度にも好感が持てた。しかしなぜ猫なのか。「ヴァナキュラムな空間には、その猫たちの生き方を受容する暖かい曖昧さを持っている」という。なんだこれは、われわれ人間の心地よさのことでもあるのか、と納得。そういえば、数年前に時森幹郎さんが「ネコが多い街は人間も住み良い街」とまとめていたことも思い出す。

続いて、制作・物作り系に移ろう。

●加藤晴朗さんは、【9坪の家】で自ら設計したプランと模型を披露。増沢旬の「九坪ハウス」にインスパイヤされ、アユミギャラリーや欅遊庵のディテールも援用、日常的に実践しているスケッチの中からもヒントを見つけた。神楽坂建築塾関係者はスケッチを励行しているわけだが、それをひとつの作品に結実させている。

加藤さんとともに神楽坂美術塾の常連メンバー、●土肥正文さんの【建築しろーと全国建物スケッチの旅】は、描きためた膨大なスケッチ集。赤城神社や本山菓子店など、消えてしまった神楽坂の建物も。旅のフィールドノート、道ばたの灯籠や粋な看板など気に入ったモチーフをさっと描く姿。かまぼこ板に描くとネコが寄ってくるというおまけも。「人間が紙だけに描くようになったのは最近のこと」という持論から、拾った石やレンガ、飲み屋のワインのコルクも画材になる。

専門家ならではの濃いリポートも。

足利の●久保正人さんの【大工技術を活かす】は、群馬の古刹の鐘楼修復工事の一部始終のリポート。すべての脚が外部に向かって開く「四方転び」の施工は特に難しいが、大工が自分なりに解釈し限られた予算と工期に合わせて見事に仕上げてくれたという。かつて、大工技術は丁稚しながら習得していったものだが、今では訓練校での学習くらいしかチャンスがない。ハウスメーカーのように、カンナも木組も使わぬ簡単な仕事が主流になったからだ。振れ隅木や振れ垂木などの手法、泉幸甫自邸でも複雑な架構を見たが、これらも実は基本的な技術があれば可能なのだ。「高度だけども基本的なこと」、これが今、失われているのだ、という説得力あふれる現場ならではのリポート。大きく張り出された原寸の小屋伏図には、塾生が歩み寄って注目していた。

設計者の大胆な自邸づくりの実践、●松崎宏二さんの【建築家なしの建築術】。「間取りは誰でも考えられるはず。それをそのまま建ててしまおう」。同一断面の構造材、杉厚板と構造用合板、シンプルなシート防水、二重の木製建具と無垢板の外壁。材料も安く、一つ一つの技術はきわめてシンプル。内装は「まったく仕上げなし」でもかっこいい。構造材あらわしなのでハンモックもカーテンも付け放題。簡単なつくりでもあたたかい。「40年くらい、住んでみようと思っている」とさらりと言う姿に、拍手が沸いた。

「継続は力なり」を実感するのは研究生(2年以上在籍)の発表である。

去年の今頃、「車や庭だけでなく、もっとも身近な家こそいじろう」と自宅のリフォーム計画をまとめた●安島肇さんは、本当にそれを実践していた。【家いじりのすすめ】という報告でコンパクトな平屋を増築した顛末を披露。「動線の悪さ」「車庫のニーズ」「リビング空間の不足」「屋根を軽くしたい」……。神楽坂建築塾メンバーの大工さんにお願いして工事スタート。自身も数十年ぶりに金槌持って手伝い。神楽坂建築塾のフィールドワークで知ったことを次々と導入。
木造軸組が近所からも消えていく中、住宅の再生が大切とわかっているが、ひっかかるのはコストのこと。改修費が新築の半分を超えたら、施主の意識としては困難になる。意思力とノスタルジーがよほど強くないと……。でも「面白い」と思ってくれる友達が出たら、と思いながら果敢にチャレンジした姿はすがすがしかった。

つくばでの再生現場フィールドワークで古材の魅力にメロメロになってしまった●坂橋由紀子さんは、今年は【古材の椅子】にチャレンジ。「古民家はそのまま残せれば最高だが、無理ならせめて部材だけでも活用したい」と、素人ながらセルフビルドに挑む。骨董市で買った金具も活用。近くの老舗材木屋に持ち込み加工依頼。完成品は16kgにもなって、実用性は「?」というが、異なる素材を使い勝手よく組み合わせている。灯り、テーブルそして椅子と、三年がかりの三部作が完成。会場に運び込まれた作品に、感嘆のため息が聞こえた。

●梶原洋子さんは、去年に引き続き【酒津をアートの発信地に】と題して、民家や土塀、アールデコの洋館、樋門、リフォームアトリエなどを紹介しながら、生活感のある倉敷・酒津のまちなみのアート発信地への再生事業をリボート。自身が積極的にかかわる静態保存ではない生き生きとしたまちおこし、まち再生のプロジェクトで、まちなみへの愛情があふれる発表となっていた。

ふるさとである多摩に関わり続ける建築家の●酒井哲さんは、【クワハウスの魅力 蚕糸試験場について】で、今年もワクワクする素敵な近代建築を教えてくれた。
1980年に閉鎖された日野の桑園の残された建物と敷地。フェンスに閉ざされ四半世紀の放置によって自然に遷移した特異な空間。基礎だけ残した解体、その基礎も自然と同化している。その中にぽつんと残る旧第一蚕室の廃墟、教育委員会が管理して夏のみ開放しているという。内部は丁寧な漆喰仕上げやトラスが残る、昭和初期の貴重な建物。「行ってみたい!」と思わずメモしたくなる。国体に向けて新体育館計画あるものの、税収不足で無期延期の由。なんとか活用したいという酒井氏のメッセージに共感の声が上がった。

自分のフィールドをしっかりと持って探究している塾生の発表は刺激的だ。
東北旅行で目にしたトタン包みした茅葺き屋根がきっかけで、トタンフリークになり、友人とともに「孤立行政法人・トタン葺き推進機構」を立ち上げたという●谷田望美さん。【記憶をシュガーコーティングするトタン】という発表は、しかしただ面白いだけではない。「バラック」のイメージが強いトタン(亜鉛メッキ鋼板)だが、実は世界中にあった。東南アジア、北欧、そしてチリには世界遺産のトタンのまちなみも。ワビサビもないがてらいもない。雨漏りを懸命に防ぐ無邪気さがいい。正統派の文化財でないが、ふつうの民家でも「ご先祖様に悪くて壊せない、とりあえず囲もう」というトタン屋根のかわいらしさ。津久井郡のトタン職人が手作りする鬼板も紹介していた。すばらしいのは人と人をつなぐトタンという着眼点。岩手県まで出向き、若者を集めて民家のペンキ塗り実践をしているという。茅葺きの代わりにペンキ塗りが「現代の結」になって、人を繋いでいるという報告。きっと聞いていた塾生も、みんな「トタンファン」になったのではないか。totan.orgというサイトも開設、ここまでやるか、と驚愕。ただし「404 Not Found」が多いのがもったいないが……。

一番笑いを誘ったのは●戸田多美さんの【建築家とは何だろう~他者のまなざしからの分析】。建築家ブームの昨今、世の中の人びとは建築家という存在をどう見ているかをリサーチした異色作。塾生の多くがアンケートで協力している。産業分析から見ると建築家は、専門・技術サービス業。他者からの視点。顧客との関係性が大切だが、では顧客はどう見てる? 「賢い、かっこいい、華やか」と考える一般の人、それに対して「忙しい、気難しい」と答えた神楽坂建築塾生。でも塾生は「フレンドリーで面白い」と感じているという指摘は会場に受けていた。

架橋計画をめぐる景観保全訴訟がいよいよ大詰めを迎えた広島県福山市の鞆の浦。この問題を追い続けている●酒井絵美さんは今年も【鞆ノ浦】を発表。二年前に宣言した「知ること」「実践すること」「伝えること」の三本柱を地道に続けた彼女は、「住む人が幸せであること」というあたりまえな、しかし困難なテーゼに行き着いた。「まちなみは宝物」、でもただの懐古趣味ではない。一軒の家が日本全体の景観につながることを実感。それは可能か。実は若い人も「じっくり考えたい」との意思を持っている。だから今こそ彼らに「古い家という選択肢も考えて」と伝えたい。「古い家は危ないから無理」と誤解している人が多いからだ。魅力ある集落や個性あるまちなみが残り、生き生きと持続することが、日本の歴史文化環境産業を守る道なのだ、と力説した。

ゲーサンメドの四川省小学校建設プロジェクトのスタッフとしてチベットに滞在した●宇野大三さんは、【土間再考 土間を活かした生活を取り戻す】で、近代化によって消えた土間に着目。通り庭、炎の存在、自ら作れるという素材の素晴らしさを強調。チベットでの生活の経験から、土間という領域が普遍的な存在であることがわかった、と報告した。

以前、懇親会でイエメンの旅を報告した●中村真悟さん、今回は体系的に整理して【イエメン 場所∞建築】として発表。気候、風土、文化、慣習を含めた「場所」をキーワードに、住むことの原型を探った水準の高い内容だった。日本では目にすることができない荒々しい地形。大地の裂け目に形成される集落、岩と一体化した住居、沙漠に浮かぶ土の摩天楼(シバーム)、場所の持つ力と集住する人びと。石、日干しレンガ、焼きレンガなど、入手できる材料でつくられる建築。「標準語と方言」になぞらえて、場所と建築との共通性と相違点を見る。保坂陽一郎氏も高く評価した発表だった。

仙台から通う研究生、●三浦正博さんの【十二軒丁の家改修工事(ささやかな抵抗)】は、自宅兼事務所として改装した古民家の再生のドキュメント。無接道の敷地で建て替えできないだが、「こんなボロ家、壊して当然」なのか? それはまだ生きているものに「死ね」という死刑宣告ではないか。現代のスクラップ&ビルドの風潮へのささやかな抵抗のつもり。仕事では、いつも「こぎれいでオーバースペック」な施主の要求。「そんなのいらねーだろ」という本音。原理主義ではないが、どこまでできるか試した。寒い北国で、「足るを知る」生活がどこまで可能か。身を切る思いで日々実践を続けるリポート。ひと冬過ぎてからの続報も聴きたい。

印象に残ったのは●向山歩さんの【通勤路】というスライド。「私の毎日はなんなんだろう」と、通勤ルートの風景を撮りまくった。テーマパークの什器設計の仕事で、四時台の始発に乗り、終電で帰る日々。耐震偽装で解体される高層マンションを見上げて歩く。生活誌はそのまま生活詩。疲れきった足取りが伝わる。そして再び始発の暗い、無人の駅。こぎれいな待合室が私のリビングなのか。切り取られた空、道路の「止まれ」の文字。住宅らしい風景はわずかにアパートの前だけ。そしてまた無人の駅の繰り返し。建築とは、住環境とは、を深く考えることもなく暮らす同時代の人びとの実態。実はこれこそが、われわれの風景なのではないか、という哀しくも驚きの告発。神楽坂建築塾の理念は、一方でこの荒野(あれの)のような現実から出発さなければならないのではないか、という鋭い問題提起、と私は感じた。


10年在籍の●時森幹郎さんは、【神楽坂建築塾の10年間】として講師を野球チームに見立てて、取り上げるテーマを整理した。堀勇良氏・後藤治氏らマチヅクリーズはやや減って、保坂氏・泉幸甫氏・岸成行氏らモダーンズが続き、吉田桂二氏・楢村氏らヴァナキュラーズ、田中文男・山辺・増田一眞氏らウッディーズ、旅を愛する鈴木喜一氏らフーラリーズに編成。ウィットに富んだ語り口で爆笑の渦に。

最後の報告は●三宅永さんの【箱庭療法のなかで用いられる建築の意味について】。精神科医として建築とのつながりを考え、箱庭療法を取り上げた。うつ病の複数のクライアントを事例に、「彼らはどんな空間をつくるのか」を紹介した。鬱病の治療は薬物が主とはいえ、根本的にはライフスタイルの転換が必要とされる。実際に患者がつくった箱庭を見ると、「自然の中に自分の家があり、家族とともに過ごす」というパターンが多かった。しかも、いくつもある家のモデルの中から、「素朴な民家・住居」がよく使われていた。これは、彼らが望む今後のライフスタイルを象徴しているのではないか。生活の転換、それはまず心の中で始まっているのではないか。事実、「家を中心においた」患者たちはその後の経過が良好で、一方、家を置かなかった患者たちは予後がよくなかった、という。「うつ病の人びとは、自分の生活の根本である『住むこと』を最も本質的な問題ととらえているのではないか。そこからわれわれが学ぶべきことがあるのではないか」という提起は、そのまま今年度の通年テーマである「住む場所の根源を探る」という主題の、ひとつの重い回答なのかもしれない。

誰の作品も、各自の問題意識と鋭く切り合い、坐学とフィールドワークを掘り下げたものだった。神楽坂建築塾は11期を迎えるが、これからも、自らの足下を見つめつづける真摯な姿勢を、私も含めて持ち続けていきたい、と強く思った。(2009.3.15)

  1. 2009/03/15(日) 12:03:56|
  2. 座学/フィールドワーク
  3. | トラックバック:2
  4. | コメント:2

コメント

渡邉さん、早速の講評、ありがとうございました。
(一昨年から続く、恒例の講評を、とても楽しみにしていました。)

今年も大変内容が深く、考えさせられる、そして素直にすごいと思わせる、発表ばかりで、とても嬉しく思いました。

個人的には、自分の思いが膨らみすぎて纏めるのに苦労しましたが・・・

5月から3月までで感じ取った皆さんの思いを、ストレートに聞くことがでりる場として、修了政策発表会の意義深さを改めて感じています。

みなさんありがとうございました。
  1. 2009/03/16(月) 00:52:08 |
  2. URL |
  3. さかい@あいち #-
  4. [ 編集]

修了制作アップしてください!

渡邉さん、今年も素早い講評ありがとうございます。
反応が遅くて申し訳ありません!

さて今年度も塾生の皆様が頑張って仕上げた力作たちをWEBにアップしていきたいところなのですが、こちらの力不足で作業がなかなか進められません。
そこで皆様にこのブログを利用して各自修了制作をアップしていただきたいと思います。

「新たに記事を投稿する」という形でアップしていただければと思います。
例えば論文の方は文章をそのままコピー&ペースト、制作の方は写真を撮って貼り付けてもいいと思います。

今日、昨年参加の高田さんから「昨年の修了制作をブログでまとめたのでリンクしてください」とメールが来ました。まずはお手本に高田さんの修了制作をアップします。

アップされた方は順次、建築塾のホームページからもリンクをつなぎます。
よろしくお願いいたします。
  1. 2009/04/03(金) 13:45:24 |
  2. URL |
  3. スタッフ・石井 #-
  4. [ 編集]

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