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「桑ハウス」の魅力 10期 酒井哲

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 東京都日野市に現存する、桑ハウス(旧日野桑園第一蚕室)を初めて訪れたのは2006年の夏のことである。それ以来、鬱蒼と茂った林の中に突如として現れる存在感のあるボロ屋にすっかり魅せられてしまった。(財)たましん文化財団の季刊誌「多摩のあゆみ」で建築のコラムを担当していたのでこの建物のことを書く機会をうかがっていたが、建物は夏限定の風物詩のように利用されており、敷地が開放される次の夏まで待たなければならなかった。
 7月に入りようやく行政から取材の許可をもらうことができ、「ボロ屋」についていろいろと調べていると、ここが旧日野桑園の第一蚕室という蚕糸試験場の建物であったことを知った。取材を通して、自然体験広場の写真を撮り続けている佐伯直俊氏(仲田公園の緑を愛する会)、やひのアートフェスティバル実行委員会の方々と知り合うことができ、フェスティバルで第一蚕室に関するパネルを展示する機会をいただいた。憧れの建物を取材だけでなく実際に活用することができたのは実に貴重な体験だった。

 ひのアートフェスティバルが開催された二日間はまだ残暑が厳しい時期であったが、第一蚕室の中はひんやりと涼しく、意匠的な美しさだけでなくこの建物の持っている潜在的な建築性能も改めて確認することができた。ここでは、展示パネルと「多摩のあゆみ」のコラムに加筆し第一蚕室を再度紹介したい。

 この建物は、農林省の蚕糸試験場日野桑園だった時代の第一蚕室と呼ばれていた建物で日本が「富国強兵」、「殖産興業」、「文明開化」というスローガンの基に邁進していた時代の終盤に建てられた建物である。蚕室としての役目を終え、空き家になっても自然に同化されまいと、最後の力を振り絞って抵抗しているような凛々しさがこの建物にはある。

 第一蚕室が建てられた建築年月日は定かではないが、昭和三年に蚕糸試験場日野桑園が開園され、昭和八年以降の蚕糸に関する研究データが残っていることから昭和三年から八年の間に建てられたと推測できる。当時生糸は日本の重要な輸出品目の一つで、生糸の品質を向上させることは一大国家プロジェクトであった。第一蚕室は日本の蚕業の将来を託された重要な研究施設だったのである。廃屋になっても「品格」があるのは、そのような建物としてデザインされ、当時の高い「技術」で建てられたからではないだろうか。
 杉並にあった蚕糸試験場の本所は昭和五五年のつくばへの移転の後、建物は解体整備され、現在は「蚕糸の森公園」として開放されている。日野桑園は閉鎖後、一部の施設が解体されたものの、第一蚕室と第六蚕室はそのままの状態で放置され現在に至っている。日野市に残っている桑園の建物は当時の様子を伝える数少ない遺構として、貴重な産業遺産と言えよう。

参考:2007年の「ひのアートフェステバル」に出典したパネル
  1. 2009/05/08(金) 10:30:58|
  2. 修了制作
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