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竹  <くろだ>

 先日、我が家の東南の一角にある竹の処理をした。
 竹は種類がいっぱいあって、私にはよく見分けがつかないが、生えていたのは多分マダケだと思う。

 竹といえば、一昨年まで暮らしていた前の住まいを懐かしく思い出す。都心でしかも駅からは徒歩2、3分という立地にもかかわらず、広い敷地内はまるで地方の温泉宿にでも来たかのような風情で、それは例えば日本昔話にある「すずめのお宿」を想像してもらえればかなり近いと思う。敷地には築40年くらいの小さな木造の平家がぽつりぽつりとあるだけで、後は雑然と植物や樹木が手入れもされずに、ただ生えていた。昆虫やカエルなどの小さな生き物がいっぱいて、食べたり食べられたりする食物連鎖の健全な小宇宙があったはずだと思う。木戸をくぐると家まで細長いアプローチがあって、両脇には山吹が野生化して生えていて、あまりに手入れが大変だったので、ある年、大胆にも鍬を片手に開墾し、畑にしてしまった。茄子、きゅうり、トマト、さつまいも、さといも等など、素人で下手くそだったが面白くて作っていた。山吹は生命力が旺盛なので、ほっておいても今頃また茂っていたりするだろう、きっと。

というわけで、住めば都で今の住環境にもやっと慣れたが、現在の所に移ってから1年くらいのあいだは、正直なところ、思い出すのはいつもいつも7年ほど暮らした以前の住まいのことばかり。犯罪の一歩手前だとは思うが、何度も、鍵のかけられた古い木戸の隙間から植物や家の様子を覗きに行った。願わくば今の住人に出くわして仲良くなって家に入れさせてもらい、この襖を張り替えたのはこんな事件があって、とか、アンズの木を植えたのは何年で、とか、このコデマリの木の下には、当時可愛がっていたが急死した猫のサクラが眠っているんです、とかそういう家にまつわる話しをしながら、そこの空間にもう一度タイムスリップしたいとバカみたいに真剣に考えたが、それは妄想だけで終わった。つまりかなり深刻なホームシックに陥っていた。
 ところで、その前の住まいの南の庭には、モウソウチクがワサワサと生えていて、春はよく竹の子を庭から戴いたものだ。最初は取りたてはウマイ、ウマイと刺身にしたりして有り難がっていたが、そのうちうんざりするほどだった。朝、目が覚めたら竹の子が畳みをもちあげていた、なんて年も幾度かあって、可愛らしくてよく大笑いをしたものだ。そんなふうに住人は呑気なものだったが、隣に暮らす大家さんは、春になるといつもピリピリしていて、竹をとても嫌っていた。最初の数年はことの重大さがよく理解できなかったが、そこでの暮らしの晩年には、竹の威力にほとほと参った、という事件があって、その脅威が身にしみた。古い家屋はたぶんモウソウチクの力に勝てないだろう。土地の広ささえあれば、姿も立派だし、サラサラと葉が風になびく様はそりゃもう日頃の喧噪から一気にトリップもできるし、食べてもうまい、皮も利用できる、竹だって住居のインテリアやメンテナンスにも使えるし、と利用価値も高いのだが、、、「南のタケ、やぶ殿となり」という言葉があるが、よほどの広さがない限り南に面する位置に竹を植えないほうがいいと思う。

 というわけで、最初の書き出しに戻る。案の定うちのマダケ、塀の下の方を潜って、南と東の家の庭に侵入していそう。根切りをしておいたが、まだ残っている可能性は高い。根に添って土を掘り返していたら、竹の子の新芽をふたつ見つけた。竹の子にかぎらないが、とりたてはなんだってウマイ。モウソウに比べて細いからまだ対処可能かもしれないし、北側の敷地に埋めて育ってもらおうかなあ、とその新芽、そっと土をかぶせて目印に棒切れをたてたままにしておいた。どうしようかなあ。痛い目にあうかもしれないけど、竹の子食べたいしなあ。

---どうしても敷地に竹を植えたい方のためにプチ知識ですが、直径50センチ以上長さ1メートルほどの土管を土に埋め込んでそこに竹を植えると根が抑制され、竹に占領される危険が薄らぐようです。参考になるでしょうか?---

  1. 2005/03/20(日) 22:33:36|
  2. 生活
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:2

コメント

住んでいた場所

 僕も自分の住んでいた場所には思い入れがあるので、くろださんの気持ちわかります。全部庭などのない借家だったので基本的に自分の残した物は何もないけど、近くまで行くと自然と足が向かってしまうのです。体が道を覚えているんですね。敷地まで来ると、ここでこんな事があったなとか、今まで記憶の片隅に追いやられていた出来事が甦ってくるのが嬉しいです。昔の自分が少しだけ再生されるような、そんな感覚もあるのかな。
 現在そこに住んでいる人が、その部屋をどのように使いこなしているのかも、ちょっと気になるのも事実。窓が開いていたら覗いてみようかな。。。とここまでやると変態なので、建物を遠目で見つめて帰ります。
  1. 2005/03/20(日) 23:40:02 |
  2. URL |
  3. 酒井@音羽 #qmlWd.C.
  4. [ 編集]

思い出の家

たとえ借家であっても自分の住んでいた家には愛着がわくものですよね。それが古家であればたとえボロ家でも愛情はひとしおです。自分の家でもないのに。なぜか、それがぺなぺなの新築の家やアパートだとあまり愛着がわかないのは僕だけでしょうか?僕も新潟で住んでいた赤い家が今でも懐かしいです。運良く、そこは僕の後僕の友人が2代続けて住んでいるので、まだ訪問可能です。仙台で住んでいた家は庭に祠があったりして怪しげだったのですが、僕が退去してから、建築家の手による家が建ちましたが、おしゃれなその家は、何らその土地の文脈を読む手がかりとはなっていないのが残念です。僕のボロ家コレクションは、ホームページでも観れるのでよろしく。
  1. 2005/03/21(月) 04:03:00 |
  2. URL |
  3. みうら #vF6dOJDI
  4. [ 編集]

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