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で、バルセロナはどうなった?

渡邉です。
本間論文『perforation(穿穴)の身体化と都市の再構築』を読んでの感想なのですが、画像を付けたかったので新規記事にしました。スミマセン

難解な文章、がんばって読むか~! と身構えて繙いたが、実は発表会でみんなが口にしていた問題意識とぴったり噛み合っていて、またぼく自身の旅の感覚ともするどく交差している部分もあり、一気に読み進められた。説明ではよく掴めなかったのだが、
都市再生の手法としての「穴開け」(あえて平たく言う)とは、1999年のバルセロナで行われたように「老朽化した建築物を撤去」して「ポッカリと空いた穴のままにする」こと。そこに植樹やカフェ設置などで風を通すとともに人を呼び寄せ、新しい都市の価値を産みだすというもの。「バルセロナモデル」と呼ばれているらしい。

で、バルセロナのどこがそうなの!?
と思ってGoogle Earthで探してみると、
20070316122002.jpg

こんな感じでした【クリックで拡大!】。中央がカタルーニャ広場…………
右下が海。広場にある「M」はメトロの大学前(Universitat)駅。
第4象限のあたりが、再開発されたラバル地区。

密集した町工場などがあったのだが、たしかに要所要所が緑の空間になっている。地区の真ん中に見える白い物体がリチャード・マイヤー設計のバルセロナ現代美術館(1995)。これらが、「穿穴」の実例なんですねー。
これでやっと実感伴って論文を読み進められそうです!
(恥ずかしながら去年バルセロナ行ってきたばかり、しかもこの地区に泊まったのに全く歩かなかった。_| ̄|○)

フランコ独裁の遺産や資金難など、いろんな背景があるにせよ、「壊して更地にして高層化・集中化する」ことしか考えない日本とはまるで違う。
ただし、アゴラ的伝統があるヨーロッパと、狭い路地が実はそれ自体「界隈性」として高度な個性を持つ日本とでは、バックボーンが違うから「これも価値低いから壊してしまえ」論にならないように、この論理の「輸入」には注意が必要だと思うけど……。

バルセロナ都市再生については、

第190回都市経営フォーラム「ヨーロッパ都市再生の思想」岡部明子氏
http://www1k.mesh.ne.jp/toshikei/190.htm
あたりが参考になるようです。

で、本間さんの論では、この「都市再生によって穿たれた穴」に、皮膚呼吸のための無数の「孔」を持つぼくたち旅人が闖入すること、つまり動き回る他者としての身体(或いは視線)が重層的に重なり、住民との間に緊張をはらみながらもその一挙手一投足が都市の新たな可能性を開いていく……というあたりがユニークな核心になっている。
「緊張感」というのは、社会学フィールドワークの「参与観察」的に考えているわけだろう。
でも、やはりぼくが強く共感を持てたのは「居心地の悪さ」「異郷人性」ののくだり。
たしかに、旅先においてこそ、ちょっと美術館まで歩く時も肩に食い込むザックの重さを感じ、2月なのに暑いスコールに驚き、風で引いていく汗に身体性を強く実感するわけであり、「下痢しちゃまずいし」と3食のバランスにいつも以上に気を遣う。
スケッチブックを開こうものなら、痛いような視線を感じるし、地べたに座り込むことで大地の砂埃をルーペで見るように凝視することにもなる。

そうした「身体感覚の取り戻し」と、平穏を乱される住民にとっての「異郷人性」が、躍動性を保証するということ、そして実はそれはぼくたちが日常生活の中で東京のまちを歩く、なんて時にもカタチを変えて実践されているんだ、という視点が新鮮でした。
「違和感」こそが、当たり前だと思っていた都市景観を対象化する契機となるのだし、そこからスタートする美的感覚が、いま急いで取り戻すべき武器であるのだから。


最後に気になった点を少々。
文中、「グローバリズム」という言葉が無前提に使われているのだが、
・低所得者人口の流入などヒトの移動
が、その問題群としてあげられている。でも、
・商品(貨幣)経済の浸透、多国籍化などによって、世界の都市、非都市を問わず生産・流通形態が不可逆的な変換を迫られているという面
も、都市の変化の背景として大切ではないか、と思いました。
たとえば、遊牧民ベドウィンの若者も「欲しいものはコーラ」だったりするような……。

とりとめない感想になってしまいましたが、ともかく力作でした。
ご本人は今ごろスペインでしたか……。
皆さんはどう読まれましたか~~?
  1. 2007/03/16(金) 12:23:32|
  2. 論文ボックス
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:3

コメント

感想

本間さんの論文、読み応えありますね。
学術論文を書き慣れてる人の文章なのでしょう。
社会学、文人あたりが専攻なのでしょうか?

異郷人としての居心地の悪さというのは、僕自身2年間モロッコで感じてきたことなので、その感覚はよくわかりました。
また、それがもともとそこにいる人たちにとっての「ハレ」となりうることも、これもまた自分の体験から理解できます。

しかし、それはperforationなのか?
もしかしたら穴ではなくて、通常認識されるように異物としての突起なのかもしれない。
あるいは抗体と抗原の関係のような。

バルセロナの事例は都市に物理的に穴をあけるので可視的であり、概念的にわかりやすい。
けれど、異郷人の体がそれと同じように「穴」である理由がやはりよくわかりませんでした。
印象としてはperforationという概念が先立っているような感じでした。

テーマとしては、渡邉さんの言われるように塾生全体との問題意識に共通点があると思います。
例えば、異郷人が既存の都市や社会にインパクトを与え躍動性を与えると言ったようなことは、鈴木先生の言う「スケッチをすることはその建物や町並みに対するラブコールである。」という言葉や新潟の大地の芸術祭のようなイベントにも通じるものがあるのではないでしょうか。
  1. 2007/03/17(土) 12:03:42 |
  2. URL |
  3. 三浦 #xGBkLi0E
  4. [ 編集]

藤森照信さんの「近・現代住宅再見1」に原広司が設計した「伊藤邸」というのが紹介されています。
で、それは「塊に孔があけられることで光が差し、風がはいり命が生まれる」とかいう「有孔体理論」に基づいたものなのだそーです。
じゃっかん違う話かもしれませんが、機会があったら本間さんも立ち読みしてみてください。
かなりのおもしろ空間ですよ。

http://www.amazon.co.jp/%E8%97%A4%E6%A3%AE%E7%85%A7%E4%BF%A1%E3%81%AE%E5%8E%9F%E3%83%BB%E7%8F%BE%E4%BB%A3%E4%BD%8F%E5%AE%85%E5%86%8D%E8%A6%8B-%E8%97%A4%E6%A3%AE-%E7%85%A7%E4%BF%A1/dp/4887062184
  1. 2007/03/19(月) 01:42:18 |
  2. URL |
  3. わたなべ(隆) #HnprPk0E
  4. [ 編集]

ご指摘ありがとうございます。

渡邉さん、わかりやすい解説ありがとうございます。(書いた私が改めて分かった気がしました…。)
グローバリゼーションが否応なくローカルを強調する点など、本来ならば一つの章として書きたい部分でしたが、分量的なこともあり今回は割愛してしまいました。(「グローバリゼーション」という単語で何でも済む感じが実はちょっと苦手なので、長くなってしまいそうなんです。その他、身体の境界の定義なども端折ってしまったので、機会があれば加筆したいです。)

三浦さんの「抗体と抗原」、非常に的を得た表現ですね。この抗体と抗原は時に反転する関係で、それを感じていたいというのが私の考えです。「穴」と喩えたのは先へと開けていく感じが出したかったのと、今後、別の都市問題および身体の孔へと議論を発展させたい気持ちから先走ってしまいました。即効性のない概念ですが、ながーくかけてジワジワ実感できれば、先走った概念も身体に戻っていけるかなーと淡い期待を抱いています。

わたなべ(隆)さん、「孔」という漢字を使うと「有孔体理論=原広司」へとつながりますよね。有孔体はとても面白いので、その分引っぱられちゃうかなぁ、と今回逃げました…。藤森さんの本、まだ読んでないのでさっそく見に行ってみます。お知らせありがとうございます。

  1. 2007/03/25(日) 18:23:26 |
  2. URL |
  3. homma #-
  4. [ 編集]

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